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文太部長一家のロハスな毎日

フレンチブルドッグの文太部長と5にゃんず、幸多、あゆみ、ちび、健、さゆりの楽しい毎日

About us

*長男:フレンチブルドッグ 文太部長*
ごはんとおでかけとおかあはん命

*次男:茶トラ猫 幸多(こーた)*
クールを装う甘えん坊マザコン野郎

*長女:白グレー猫 あゆみ*
クールビューティツンデレクイーン
今はお空からみんなを見守っています

*三男:サバ白 ちび(Tibby)*
世渡り上手の罰当たり

*四男:サバ白 けん坊(健)*
心やさしきウルトラビビリ

*次女:ハチワレ おちゃゆ(さゆり)*
けんにぃ命のお転婆っ娘。

『年を重ねる』ということ

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前にもちょこっと書きましたが、文太は12歳までは全く衰え知らずでした。


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2~3歳ぐらい・・・とはさすがに言えないけど、
少なくとも7~8歳ぐらいから私の目には何も変わったことはありませんでした。
(顔が白くなってきたことを除いては。)




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初めて「ああ、もう若くないんやな。」と思ったのが、12歳になってから。



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前立腺肥大で去勢手術をし(ま、これは想定内のことでしたけど)
耳が聞こえにくくなって、私が帰って来たことにも気付かずリビングで寝ていたときは
最初は何事かと慌てましたが、単に気付いてなかったんやとわかったときには
「そっか~。もうそんな年なんやな・・・。」と、一抹の寂しさを覚えました。



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でも、12歳と言えば『フレンチブルドッグの平均寿命』と言われる年頃。



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白髪が増えても

耳が聞こえなくなっても

目が見えにくくなっても

足腰が弱くなって

前ほど散歩に行きたがらなくなっても

ちょっとした段差も上がれなくなっても

走れなくなっても





それは、「寂しいこと」 や 「悲しいこと」 ではなくて


「そんなになるぐらいまで生きてこられた」


という勲章。



だと思うことにしました。






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16年近く生きてりゃ~、そりゃ若い頃に比べたら色々ガタもくるわな。



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文太も晩年はいっぱい『勲章』をもらいました。



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勲章をもらわなけりゃそれはそれでよし。



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もらったらもらったで、それはめでたし、めでたし。



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年を重ねて一日一日、毎日精一杯楽しく生きてる犬は(ネコもヒトも)美しい。


(敬老の日に捧ぐ)



比べるな!!

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文太と一緒の生活の中で、教えてもらったことが山ほどあります。

犬と一緒に暮らしたのは文太が初めてではなかったけれど、
犬との生活の全部と言っていいほど、文太から教わりました。

犬についてのあれこれも人生のあれこれも、
今の私の半分は文太からの教えでできている、
と言っても過言ではないぐらいです。


その中でも、いの一番に教えてもらったこと。
それは



「比べるな!!」




ということです。



文太と暮らし始めたとき、ハウスに入れたままちょっとでも離れるとぎゃん吠えするわ、
トイレは全然覚えへんわ、言うことは全然聞かへんわ、
それはそれはもうノイローゼになるかと思うぐらい何もかもできなかった文太。
(文太ができなかっただけでなく、私がちゃんと教えてあげられなかったのも原因ですが。)

そんなとき一番不安に思う要因だったのが
「文太を他の犬と比べて、自分を他の飼い主と比べていた」こと。


「え?ふつうはこれぐらいすぐできるよな?」
「他の犬は留守番ぐらいちゃんとできているのに。」
「大輔(我が家の初代わんこ)もしし丸(二代目わんこ)も全く問題なかったのに。」
「よそのお宅はちゃんとできてるのに。」


なんで、文太だけ・・・
なんで、自分だけ・・・

って、他人や他犬と比べちゃ~落ち込む日々でした。
(↑後々、これはいろんな方に「うちも同じでした!!」って言っていただいたことなんですけど。)



そもそも、世の中の『不幸』の8割は人と比べることだと今は思うんですよね~。

あの人はもっといい暮らしをしているのに。
あの人はもっと優遇されているのに。
あの人はもっと楽しているのに。

あの人に比べて自分はこんなに何もできない。
あの人に比べて自分はこんなにも劣っている。

そうやって比べるから、どうしても他人と自分の間に優劣がついてしまうんですよね。
そしてその優劣が劣等感になり、嫉妬になり、『不幸』の原因のひとつになると思うのです。


だから、文太のしつけを根本的に見直すために真っ先にしたことは
「比べる」という習慣を手放すこと。

文太は文太。
自分は自分。
他の犬がどうであろうが
他の人がどうしていようが、関係ない。


「よそはよそ、うちはうち!」をいい意味で(あくまでも、いい意味で!)徹底し
その土台をしっかり持つことによって、ずいぶん気持ちが楽になりました。

「他の犬」ではなく、「文太」をしっかり見つめ、理解するように努めて
「他の誰か」がしていることではなく「自分」が何をすればいいのかを考えることで
おのずと答えが出るようになって、しつけもうまくいくようになりました。


その精神は今でもずーっと私の中にあります。
(だから、ずーっとシアワセなのかも。)



犬は自分の飼い主とよその飼い主を比べたりしません。

「あそこの家はもっとあちこちいろんなところに連れていってくれるのに」
「あそこの家はいつも誰かがいて留守番なんかしなくていいのに」
「あそこの家は大金持ちなのに」
「あそこの家は豪邸で広いお庭もあるのに」
「あそこの犬はもっと美味しいものを食べているのに」
「あそこの犬は毎日かっこいいブランド物の服を着せてもらっているのに」

そんなことを犬は絶対に考えません。

よその家と比べて「自分はこんな家にもらわれて不幸だー」なんて
絶対に思いません。



犬の望みはただひとつ。


「この人とずっとずーっと一緒にいたい。」


だと思う。





~なつかしいシリーズ~

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2006年5月の文太。



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今日、初めての月命日。



これからちょっとずつ文太に教えてもらったいろんなことを書きとどめておこうと思います。

私が文太に教えてもらったことが、ほんの少しでも誰かの頭の片隅で
文太のかけらとして生き続けてもらえればうれしいな~。