5月18日、最後の日から今日まで
5月18日 木曜日
毎日あゆみに早朝からお布団の上に乗られて起こされるのが日課だったおとうはん。
この日もいつもと同じように4時頃から起こされていたそうです。
5時半過ぎに1階のお姫様ベッドで寝ていたのを確認した後、散歩へ。
散歩から帰ると1階の窓から外を眺めていたので、いつものように
「あゆちゃーん、ただいま♪」 と声をかけました。
文太の足を洗って家に入ると、いつものように幸多ちびとともに
あゆみが下駄箱上の一番手前、ちびが奥、幸多がたたきで待ち構えていました。
この日は少し肌寒かったので外には出ず、猫草を持ってきてあげました。
みんなでむしゃむしゃ食べていました。
7時過ぎ、文太にごはんをやっているとき二度寝をしていたおとうはんをまたまた起こして
嬉しそうにしっぽをぷるぷるさせながら、おとうはんにごはんをもらうためキッチンの台へ。
しばらくして「もうちょっと入れて。」と、おとうはんをにらみつけること数分。(これも日課)
私が少しだけ入れてあげると素直に食べて、今度は寝室に行って
「押入れの扉開けてー!」と、催促。(これも日課)
「はいはい、只今。」と開けてあげると、満足そうに中に入って少し点検した後、
寝室のキャットツリーのハンモックで身づくろいをしてくつろいでいました。
しばらくして幸多があゆみのところに行き、「そこどけ!」とひと悶着があり(これも日課)
幸多にハンモックを取られてそらのまのテーブル下の爪とぎベッドに移動して寝ていました。
9:58 文太と幸多がウッドデッキへ。
9:59 あゆみもすぐ出てきました。
文太をちらっと見て
素通り。
10:01
「あゆちゃんの寝るとこないけど?」
はいはい、わかりましたがな。あゆちゃんのお姫様ベッド持ってきたげるな。
10:04 はい、どうぞ。持ってきたよ。(このとき、私の後ろの方にいました。)
10:05 結局お姫様ベッドでは寝ずに部屋の中へ。
これが、あゆみの生きてる姿の最後の写真です。
いつもと何も変わらない、全く同じ日常がそこにありました。
強いて言えば、いつもは文太にしつこいぐらい
頭ごちーん&すりすりーっと親愛頭突きをするのに
「今日はにーちゃん好き好きはないんやなぁ。」と思ったぐらいで・・・
あの日の出来事を、あの後何度も何度も何度も頭の中で巻き戻してリプレイしたけど
いつもと違うことを、この後に起きる恐ろしい兆候を
何一つ見つけることができませんでした。
この後、12時過ぎに文太と一緒に2階に上がり、文太&自分のお昼ご飯。
天気が良くて布団とマットレスを天日干ししていたので、
それをしまって掃除をしたりなんやかんやで2時前にまた文太と下に下りました。
ちびは1階北側の窓際ベッドで寝ていて、
幸多はそらのまの爪とぎベッドで寝ていたのを見て
「あれ?あゆちゃんはどこにいるかな?」
と、最近いつもよく寝ていた小屋裏を見に行きました。
あゆみは小屋裏の階段を上がったすぐ手前の肌布団を敷いているところに寝ていました。
寝ているように見えました。
天気が良かったこともあって、小屋裏はもわっと暑くなっていて
「ちょっと、あゆちゃん。ここ暑すぎへん?大丈夫?」
と声をかけたけど起きる気配もなく、なんだか顔色が悪いことが気になり
(いつも暑いところにいると鼻が濃いピンク色になるのに、白っぽい上に紫がかっていました)
「え?!あゆちゃん、どうしたん?大丈夫!?」
と声をかけつつ体を揺さぶるも反応はなく。
「え!?何!?何!?どうしたん!?あゆちゃん!あゆちゃん!!起きて!!起きてよ!!!」
半狂乱になりながら、出かけていたおとうはんに電話をしたあと
肌布団ごと下の寝室の方に下ろしましたが、
もうすでに息はなく手足も少し硬くなっていました。
「何で!あゆちゃん、なんでよ!?何があったん!?朝はあんなに元気やったやん!
いつもと何も変わらんかったやん!何で急にこんなことになるんよ!何があったんよ!?
あゆちゃん、嘘やろ?起きて!起きてよ!!!イヤやーー!!!」
おとうはんが帰ってくるまでの数十分、なすすべもなくただただ泣きわめいていました。
泣きわめく私の声を聞いて、幸多もびゃーびゃー鳴いていました。
幸多に申し訳ないと思いながらも、感情を抑えられませんでした。
おとうはんが帰ってきてからことの顛末を説明し、
体に何か異変がないか(怪我をしていないかとか、ハチやムカデに刺された跡がないかとか)
体中見てみましたが何もおかしなところはなく、顔も体もキレイなままでした。
瞬膜が少し上がっていてうっすら白目にはなっていたけど
口も普通に閉じていたし、泡をふいているいるとかそういうこともありませんでした。
おとうはんが小屋裏を確認してくれましたが、
吐いた後など手がかりになりそうなものも何も見つけられませんでした。
苦しんで行き倒れた感じは全くなく、
布団の真ん中に手足を伸ばして横たわるように寝ていて、
息をしていないその姿を何度見ても、本当に寝ているようにしか見えませんでした。
なでると、いつものように嬉しそうにグルグルのどを鳴らしそうに思えてしょうがなかった。
おとうはんが知り合いの獣医さんに電話で聞いたところ
猫の突然死は、ほとんどが何かをのどに詰まらせるか心臓が原因なんだそうです。
吐いた様子もないので、おそらく心臓発作だったのだと思います。
しばらくして泣きわめき疲れて少しだけ冷静になり
いつも寝ていた段ボールベッドに毛布とバスタオルを敷いて寝かせて
葬儀屋さんに言われたようにお腹に保冷剤を入れて体にバスタオルをかけ
リビングに連れてきました。
おとうはんが爪切りをしました。
いつもは暴れて大変なので、毎回二人がかりで大騒動の爪切りが
楽にできました。
できてしまいました。
いつもみたいに怒って起きればいいのに。
本当に信じられなくて、何が起きたのか全くわからなくて、
やり場のない悲しみと怒りの矛先は自然と自分に向けられました。
散歩でも買い物でもお出かけでもなく、家にいたのに、
一緒の空間にいたのに、なぜ助けてあげられなかったのか。
お昼12時過ぎに二階に行ったときに、どこにいるか確認すればよかった。
その時なら助けられたかもしれないのに。
何かできることがあったかもしれないのに。
何もできなかったとしても、少なくともひとりで旅立たせることはなかったかもしれないのに。
本当に、いつも通りだったのか?
本当に、何の兆候もなかったのか?
私が何か見落としていただけじゃないのか?
今日だけじゃなくて、前日は?その前は?
本当に、何もおかしいことはなかったのか?
思考回路が停止したまま、少ない脳みそでいろんなことを考えて考えて
その日の出来事、その前の日の出来事、ここ数日の出来事を思い出しても何も答えは出ず
「本当に何もしてあげられることはなかったのか?
あゆちゃんが生きられる道はなかったのか?
やっぱり、あのときもっと早くに居場所を確認していれば・・・」
と、またそこに行きついてしまう。
あゆちゃん、ごめん。
助けてあげられなくて、ごめん。
素直に「今までありがとう」とはなかなか思えず
後悔の念にかられ、何とかして救える道があったんじゃないかと
自分のあら探しばかりしてしまいました。
翌日から二日間おとうはんが出張だったので、火葬は日曜日にしてもらうことになり
その日からまる二日と半日、一緒にいることができました。
不思議なもので、肉体があるうちは悲しさが少し落ち着いていました。
何度見ても寝ているようにしか見えないあゆみを
自分の行くところ行くところへ一緒に連れていきました。(家の中ですけど)
翌日金曜日はまだあんまり何も考えられなかったけど
土曜日にはすっかりまだあゆみが一緒にいる気分になって
最期の日はいつもと同じ一日を過ごそうと決めました。
あゆちゃんに話しかけ、何度も何度もなでなでし、
いつものようにみんなと一緒に玄関前にも出て
ウッドデッキでも過ごして、お風呂も一緒に入って(体が温まるといけないのでちょっとだけ)、
あゆみのお気に入りの寝場所にもあちこち連れて行ってあげました。
いつもと同じように過ごしているような感覚で。
ただ、小屋裏だけはどうしても行けなかったけど・・・
そうやってあゆみとみんなと一緒に過ごすことで
あの日、止まってしまった時間を進められたような気がしてちょっと嬉しかった。
その日の夜中、ちびが私の枕元に来たんですが、
夢うつつの暗闇の中で見たちびの姿があゆみに見えました。
なでるとグルグル言ってスリスリしてきました。
「あれ?あゆちゃん?あゆちゃん、生きてたんや。ああー、よかったぁ!!!
やっぱりなー。そらそうやんなぁ。死ぬわけないわなぁ。は~、よかった。」
心底ホッとしてまた眠りにつき、朝起きたときに
「やっぱり、あゆちゃんいないんや。」
と悟ったときの喪失感。
その日はとうとう骨になって小さくなる日でもあったので
前日終始穏やかに過ごせた反動で、朝から涙と鼻水がジャージャー出っぱなしでした。
旅行から帰ってきた夜、外が気持ちいい季節になったなぁと思って
そらのまのハンモックに寝ながら夜空を眺めていると
全員外に出てきてお伴をしてくれました。
「ああ、旅行もいいけど、やっぱり家はいいなぁ。みんなと一緒がいいなぁ。」
心からそう思い、心底シアワセな気持ちでいっぱいになりました。
でも、最近そんな風に幸せを嚙みしめれば噛みしめるほど、
心の中に不安がぶわ-っと広がっていくことがありました。
それは、「この二人と4匹の幸せは永遠に続くものではない」と思う気持ちからであり、
最初にその幸せが崩れるのは文太が旅立つときだと思っていました。
正直、文太のことはかなり前から「いつかはいなくなる」ということを覚悟していました。
今病気など何かあるわけではないのですが、13歳だし、フレンチだし、
元気であればあるほど「いつ何があってもおかしくはない。」ということを肝に銘じ、
ほんの少しの異変にも気づけるように、いつも注意して見ていました。(今もですが)
いつの日か文太を気持ちよく見送れるように、
普段からその時の心の持ちようを考えていました。
いつか来るはずのその日のことを、
悲しいだけのものではなく「生の延長」として捉えられるように。
文太のことばかり考えていました。
にゃんずのことはいつも後回しでした。
猫たちは文太よりずっと年下ですし、みんな健康優良児だし
覚悟を決めるのは、文太を見送って落ち着いてから、
心のゆとりが出来てからでいい。
勝手にそう思っていました。
まさか文太より先にあゆみが逝ってしまうなんて、
思いもしませんでした。
「明日が今日と同じ一日とは限らない」
いつもそう肝に銘じていたはずだったのに。
でも、あゆみが亡くなることが哀しい運命だったのだとすれば、
旅行中じゃなくてよかった。
留守をお願いしていたうちの両親に重荷を背負わせることにならなくてよかった。
旅行前でもなくてよかった。
あゆちゃんはちゃんと文太と旅行にも行かせてくれた。
おとうはんが出張中じゃなくて、家にいるときにしてくれた。
ひとりで旅立たせてしまったことをずっと心苦しく思っていたけれど、
最期を見せないことは私への配慮だったのかもしれない。
それに、文太と違って私にべったりでもなく、ひとりで行動することも多かったので
ひとりで逝くこともあゆちゃんらしいと言えばあゆちゃんらしい。
あゆみが亡くなってからちょうど1週間が経ち、
今はやっとそう思えるようになりました。
今でも時々ぐわーっと後悔の念が押し寄せてくるし、
それは今後も消えることはないと思うけど、
どうしてもあゆみがあんなに急に旅立たなければならなかった理由があるのだとしたら
後悔は後悔でずっと持ち続けながらも、それを生かす方法を考えることだと思いました。
文太のことはもちろん、幸多のことも、ちびのことも、
二度とあんな思いはしなくて済むように、と。
あゆみが生きるはずだった残りの十数年を
文太達が分けてもらったんだと。
それを無駄にしちゃいけないんだと。
未だ悲しみは癒えていないし、家のあちこちであゆみの面影を見つけては
突然蛇口の栓を開いたように涙がどばどば出てきて止まらなくなります。
「いつもここで寝てた。毎日こんなことをしてた。」
そんなあゆみの残像が家中にあふれていて、
心臓をえぐられるような気持ちになります。
でも、どれほど涙があふれても、
どれほど心臓をえぐられる思いをしても、
これからも毎日あゆみのことを思い出します。
あゆみのいた日々は私たちの宝物だから。
いつまでも忘れたくないから。
あゆちゃん、大好き。
そして、ありがとう。
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