幼すぎる子犬を売ってはいけない理由
動物行動学というのはまだ歴史の浅い学問で、第二次世界大戦前後である1930年代~40年代に確立されました。
「刷り込み」を発見したことで名高いオーストリア人のコンラート・ローレンツ(日本にもソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF) や、 人イヌにあう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) などの著書の訳本が出ています。ローレンツが動物を単なる研究対象としてみていたのではなく、とても愛していたことがよく分かる、読んでいて楽しい本です。)、オランダ人(のちにイギリスの市民権を取得)の鳥類学者であるニコ・ティンバーゲン、ミツバチのダンスを研究したことで有名なオーストリア人のカール・フォン・フリッシュの3人が「行動学という新しい科学分野の創設に大きく貢献した」として1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
この三人の基本的な考えは「行動は遺伝的に組み込まれている」という生得性を強調したものであったため、アメリカの心理学者を中心とする研究者たちは「行動とは学習の結果である」と強く反発し、「氏(nature)か育ち(nurture)か」という熱い論争に発展しました。
両者の様々な研究結果により、現在では「遺伝(生得性)と環境(学習)の両方が行動に大きな役割を担っている」というのが周知の事実となっています。
「犬の発達行動学」で少し触れましたが、生後3週齢から12週齢頃までの社会化期は犬にとって最も重要な時期であり、この時期に犬同士及び人間とのふれあいから犬はいろんなことを学んでいきます。
どれぐらい大切かということは、私よりも専門家の説明の方が説得力があると思うので、以下様々な文献の記述をご紹介します。
※茶色字部分は各文献からの抜粋引用、英語のものは下の括弧内はおかあはん訳
![]() | 犬と猫の行動学 (1997/07) C. Throne編集 山崎恵子、鷲巣月美訳 |
社会化初期は社会的関係の形成にとって重要な時期であり、この時期のたとえわずかな経験であっても後の行動に長期的な影響を与えている。(中略)
Fuller(1964)は、4週齢から16週齢まで子犬を制限された環境で育てている。この子犬には、その特徴として極端な活動性と社会的接触度の現象など、彼のいうところの「隔離症候群」が現れた。(中略)
つまり、生後4週から8週の間が基本的な社会的関係が形成される重要な時期であることが言えるのである。(P66)
![]() | 犬の行動学 (中公文庫) (2001/11) エーベルハルト トルムラー (オーストリアの動物行動学者) |
定められた一定の時期に学ぶべきことを学習できないと、それに関する行動に異常が現れる可能性が極めて高く、最悪の場合は、学習能力の一部が完全に麻痺してしまいます。更に、犬と人間の将来の関係の点から考えると、この学習能力は大いに磨きをかけられなければならないのです。
この数週間の間に、子犬はあらかじめ自然からあたえられたいろいろな学習能力を、それに適した厳密な時期に最大限に発揮し、それが犬の一生の経験を決定づけてしまうのです。つまり、この時期に学ばれなかったことは、一生取り返しがつかなくなります。(P43-44)
![]() | 犬も平気でうそをつく? (文春文庫) (2007/01/10) スタンレー コレン (心理学博士、ドッグトレーナー) |
社会化期(生後4週から12週)
移行期のあとの、およそ九週間にわたる社会化の時期は、おそらく仔犬の一生に最大の影響をあたえる期間だろう。重要度は臨界期にも匹敵し、この時期に起きたこと―あるいは起きなかったこと―が、犬の行動を生涯にわたって形づくる。この時期の体験がもとでネガティブな行動が身につくと、矯正するのは非常にむずかしく、不可能に近い。(p191)
子犬が生後4週から12週までの社会化期のあいだに、ほかの犬と適切な接触をもつことは、きわめて重要だ。それを実証するためにバーハーバー研究所のJ・ポール・スコットは、いささか極端ながら科学的には役に立つ実験をおこなった。
実験では生後3週の子犬をきょうだいから引き離し、ほかの犬といっさい接触させないようにしたのだ。そして人間との接触も最小限にとどめた。食べ物と水はきちんとあたえながらも、世話係に子犬と遊んだり子犬に話しかけたりすることを禁じた。
子犬は生後3週以降、生後16週まで、ほかの犬とまったくふれあわず、人間とも最低限の接触しかもてなかった。そして生後16週になったところで、子犬はもう一度きょうだいのもとにもどされた。
だが子犬は彼らをきょうだいとしても、自分と同種の動物としても認識しなかった。だいじな社会化期に他の犬からも人間からも完全に切り離されたことが、子犬の性格を極端にゆがめ、どちらの社会にも適応できなくなったのだ。(p192-193)
※おかあはん注
心理学を少しでも勉強された方はご存知だと思いますが、心理学者というのは時に「それ、道徳的にどうなの!?」というえぐい実験を多々行っています。
スコットとフューラーの研究も、現在、福祉の観点から考えれば問題だと思いますが(それゆえ、この手の実験は30~50年前のものが多く、現在ではあまり行われていないため、犬の行動についてはまだまだよくわかっていない部分もあります)、パピーミルではこれに近いことが行われているのではないでしょうか。
母犬を「子犬を産む機械」にして狭く汚いケージに閉じ込め、生まれた子犬は30日ほどで母犬や兄弟から引き離され、オークションにかけられてペットショップの狭いガラスケースに閉じ込められる。ほかの犬と触れ合うことも日の光を見ることもなく、日夜人目にさらされる。
そうして買われた子犬は、社会性が全く養われていないため様々な問題を引き起こし「バカ犬」扱いされて、捨てられ、殺される。これを虐待と言わずして何というのでしょうか。
乳離れが早すぎたり、幼すぎる時期にきょうだいから引き離された子犬は、生まれてから八週間ぐらいきょうだいと一緒だった子犬にくらべ、ささいなことですぐに相手を強く噛む傾向が強い(P199)
![]() | The Domestic Dog: Its Evolution, Behaviour and Interactions with People (1995/09/21) James Serpell (ペンシルバニア州立大学獣医学科倫理・動物福祉学教授) |
Between six and eight weeks, a pup’s social motivation to approach and make contact with a stranger outweighs its natural wariness, hence the view that this period represents the optimum time for socialization.
(6週齢から8週齢の子犬は、見知らぬ人をみて怖いと思うよりも、近づいたり接触したりしようとする好奇心の方が勝っている。それゆえ、この間が社会化に最も適していると言えるのだ。)(P83)
The ideal time to produce a close social relationship between a young dog and its human owner is between six and eight weeks of age, and that this is therefore “the optimal time to remove a puppy from the litter and make it into a house pet.”(Scott & Fuller, 1965)
(子犬を新しい飼い主に引き合わせ、関係を築き始めるのに理想的な時期は6週齢から8週齢であり、この時期が同腹のきょうだいから子犬を引き離してペットとして迎え入れるのに最適な時期である。<スコット&フューラー 1965>)(P83)
Puppies should be introduced to the circumstances and conditions they are likely to encounter as adults, preferably by eight weeks, and certainly no later than 12 weeks of age.
(遅くとも必ず12週齢までには(できれば8週齢ぐらいまでに)、成犬になったときにおかれるであろう環境や条件に少しずつ慣らしていく必要がある。)(P83)
Slabbert & Rasa (1993) have recently criticized the recommended practice of removing pups from their maternal environment at six weeks of age. In a study of socialization and development in German shepherd puppies, these authors found that pups separated from their mothers and nest sites (but not their littermates) at six weeks exhibited loss of appetite and weight, and increased distress, mortality and susceptibility to disease compared with pups that remained at home with their mothers until 12 weeks of age.
(Slabbert & Rasa (1993)は6週齢で子犬を生まれた環境から引き離すことを批判している。ジャーマンシェパードの子犬の社会化と発達を研究した結果、6週齢で母親と生まれた環境から引き離された子犬は、12週齢まで母親と一緒に育てられた子犬に比べて、食欲減退及び体重減少、ストレスや死亡率の増加、罹患率の上昇などが認められた。)(p83-84)
![]() | Dog Behaviour, Evolution, and Cognition (Oxford Biology) (2008/02/09) Adam Miklosi (ブタペストのEotvos Lorand 大学動物行動学部教授) |
The social interactions also help them to learn how to control motor behaviour. For example, pups acquire the motor skill for biting behaviour flexibly and less painfully (bite inhibition) in a social context.
(社会化期に互いと触れ合うことで、行動をコントロールする術を学ぶことができる。例えば、子犬は遊びの中で相手が痛くないよう、噛む加減を習得するのである。)(P214)
“Best” results can be achieved if dogs are socialized between 6-8 weeks or 1-2 weeks thereafter (Scott 1986). This advice takes into account that the puppy should get social experience of both conspecifics and heterospecifics in order to develop “normal” social behaviour.
( 6週齢から8週齢及びその後1~2週の間に社会化された犬に、最良の結果が得られた(スコット 1986)。これは『普通の』社会的行動の発達のためには、子犬は同種の仲間(犬同士)及び異種の仲間(人間や他の動物など)の両方から社会経験を得る必要があることが示唆されている。)
The puppy should be introduced into its novel human environment before the end (or even better around the middle) of the socialization period, but that it should also spend enough time in the native group in order to gain experience of conspecifics.
(社会化期の終わりごろ(というよりむしろ社会化期の中ごろ)から、子犬は人間社会に慣れていかなければならないが、それは生まれ育った環境で母犬や兄弟たちと充分な時間を過ごし、犬同士の経験を積んだ上での話である。)(p214)
It is advisable for the breeder to provide the pups with variable experience of humans, including children, and perhaps people who look different.
(ブリーダーは子犬たちに人間との様々な経験をさせることが望ましく、子供や見た目が違う人たち(※おかはあはん注 老若男女、いろんな人たち)とも接触させることが大切である。)
Purely from the adoption point of view, there is no need to rush to separate the puppy from its native family, especially if the new owners cannot offer a socially rich home environment.
(純粋に、犬を迎えるという観点から言うと、子犬を母犬や同腹の兄弟たちと引き離すことを急ぐ必要は全くなく、特に新しい飼い主が社会的環境に乏しい場合(※おかあはん注 例えば、女性の一人暮らしで、子供や男性など見た目が違う人間と犬を会わせる環境にない場合など)は、要注意である。) (p214)
“Dominate-type aggression” reported by the owners was more common in dogs obtained from a pet shop and in dogs that were ill before the age of 14 months. This indicated that restricted social experience during the socialization period can lead to an animal with an overtly agonistic attitude.
(飼い主から報告されている『支配欲からくる攻撃性』は、ペットショップから迎えた犬及び14ヶ月までに病気だった犬によく見られる。これは、社会化期に制限された社会経験しかない犬が、明らかに反抗的な態度をとるようになることを示唆している。)(P216)
![]() | Dogs: A New Understanding of Canine Origin, Behavior, and Evolution (2002/10) Raymond Coppinger、Lorna Coppinger (生物学教授) |
Early experience is vital not because it is the first learning, but rather because it affects the brain’s development.
(初期の経験が必要不可欠なのは、それが最初の学習であるからではなく、脳の発達に影響を与えるからである。)
Brains grow in two ways: they get bigger, and they change shape. How much they grow and which way they change shape depends on the kinds of environmental stimulation they receive during their sixteen weeks.
(脳の成長には2種類あり、ひとつは大きくなること、もうひとつは形を変えることである。どのぐらい大きくなって、どんな形になるかは、6週齢までにどんな環境でどんな刺激を受けたかによって変わってくるのである。)(P111)
When people raise pups as pets, they often get them at about eight weeks old, take them home, feed and cuddle them housebreak them, take them for walks, and play with them. What they are doing (and they’re usually not aware of it) is providing specialized brain-growing conditions that shape the dog’s future behavior.
(人間が子犬をペットとして育てる場合、だいたい8週齢ぐらいで迎え、家に連れて帰り、えさをやり、やさしく抱きしめ、しつけをし、散歩に行き、一緒に遊んでやる。それら一連の行動は、ほとんどの飼い主は気付いていないが、脳の成長に条件付けをし、将来犬にどういう行動をさせるかを刻み込んでいるのである。)(P114)
![]() | For the Love of a Dog: Understanding Emotion in You and Your Best Friend (2007/08/28) Patricia McConnel Ph.D. (動物学博士、認定応用動物行動学者、ボーダーコリーのブリーダー) |
Good breeders know about the importance of environmental enrichment and work hard to stimulate their puppies daily form birth.
(優良なブリーダーは子犬にいろんな経験をさせることの大切さを知っており、生まれたときから日々子犬たちに様々な刺激を与える努力をしている。)(P84)
The impact of gentle handling can be seen even if it occurs before birth: puppies born to mothers who were petted during pregnancy tend to be more receptive to handling after birth.
(犬にやさしく接することは生まれる前から効果的であり、妊娠中に人間からやさしく撫でられていた母犬から生まれた子犬は、とても寛容で扱いやすい犬になることが多い。)(p84)
Pups are hardwired to learn, between the ages of about five weeks and thirteen weeks, what their social partners are supposed to look like and how they are supposed to behave. This time period is called a “critical” or “sensitive ” period, because if you miss it you’ll never quite get the same effect later on. That’s one of the reasons good trainers and behaviorists encourage well-managed puppy socialization classes, so your dog’s brain can record what his playmates should look and act like.
(子犬たちは5週齢頃から13週齢ぐらいまでの間に、自分の仲間たちがどんななのかと社会で自分がどのように振舞うべきかを学ぶことが遺伝子に組み込まれている。もしこの機会を逃せば、一生取り返しのつかないことになるため、この期間は「臨界期」もしくは「敏感期」と呼ばれている。それゆえ、優秀なトレーナーたちは犬たちが社会で正しく振舞えるように子犬の社会化を促すパピークラスを開催しているのである。)(P85)
![]() | The Dog's Mind: Understanding Your Dog's Behavior (Howell reference books) (1992/10/14) Bruce Fogle (獣医師) |
Play activity during the socialization period establishes social relationships and teaches the ‘inhibited bite’ – the soft mouth, as well as greeting rituals.
(社会化期にほかの子犬たちと遊ぶことにより、同種間での社会関係を構築し、噛む加減(やわらかく歯を当てる)や挨拶の儀式を覚える。)
Pups that do not play with other pups at this stage can become excessively or abnormally attached to humans and can be fearful of other dogs.
(この時期に他の子犬と遊ばなかった犬は、異常に人間に依存したり、他の犬を恐れたりすることがある。)
If pups are kenneled throughout their socialization period, it is more likely that they will develop a general fearfulness of strange environments, be excessively excitable or excessively inhibited. They will be poor learners and will try to avoid stimulation.
(社会化期に犬舎に閉じ込められっぱなしにされた犬は、慣れない環境を恐れたり、普通よりも興奮しやすかったり、臆病になったりしやすい。学習能力も低く、刺激を避けることが多くなる。)
Between three and eight weeks of age, pups should be exposed to potentially fearful stimuli in the environment, kids, aerosol sprays, vacuum cleaners, vets, postmen, cats, street noises, and this sensitization should continue throughout the socialization period up to twelve weeks of age and on into the juvenile period.
(3週齢から8週齢の間に、子供やスプレー、掃除機、獣医、郵便配達人、ネコ、通りの騒音など、犬が嫌がりそうないろんな刺激を受けなければならない。これらの刺激はその後若年期にかけても慣れさせていくことが必要である。)
Remember, this is the most sensitive period of a pup’s life. Dogs that don’t meet other dogs during the socialization period are fearful, make poor mothers and are inhibited or over reactive when they meet other dogs.
(この時期は犬の一生にとって最も繊細な時期であることを忘れてはならない。社会化期に他の犬に会わなかった犬は怖がりになり、母性に乏しく、他の犬に会ったときに極端に臆病だったり過剰に反応してしまったりするのだ。)
(P85)
私は現在、犬の行動学について勉強中の身ではありますが、ブリーダーでもドッグトレーナーでもましてや専門家でもありません。
そんな私のようなど素人でも、ちょっと行動学に興味を持って海外の文献を読んでみれば、どんな本にも当たり前のように社会化期がいかに大切かという記述を目にするのです。しかも、ここに挙げたのは単に私が読んだことのある本というだけで、ほんの極わずかな例にすぎません。
だからこそ、日本でも生後8週齢までは母犬及びきょうだい犬と過ごさせるべく、ショップでの販売における8週齢規制を敷こうという動きになっています。
でも、日本にはその意見に真っ向から反対し、8週齢規制の壁となっている人たちがいるのです。
次回はいよいよその『壁』にぶち当たってみたいと思います。
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最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。m(__)m


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